2010年08月30日
「まさか?!」の事故体験談から学んだ「アンプレディクタブル」。
不幸中の幸いだった長岡カウンセラーが事故直後に気持ちを落ち着かせながら、
考えた事は?
みなさんへのメーセージをこめたコラムです。
そして次回に続く対策法が楽しみです。
最近のことですが、事故に遭いました。
渋滞している車の横をバイク(原付)で走っていたら反対車線から右折してきた車と衝突・・・
現場にやってきた警察の人が「俗にいうサンキュー事故ですね」と言ってました。
「あっ!?」
と思った瞬間にはもうぶつかっていて、身体にアザがいくつかできたのと腰を捻挫しました。
事故に遭った時はショックと興奮の為に身体のどこにも痛みを感じなかったのですが、後からじわりじわりと痛みが襲ってきました。
ぶつかったことは運が悪いけれども、ぶつかりながらも軽症ですんだことは不幸中の幸いでした。
これはトータル的に見れば運が良かったのか悪かったのかどっちなんだろ?
そんな半分意味不明なことを考えながら気持ちを落ち着かせようとしていました(苦笑)
その道路は結構頻繁に渋滞を繰り返し、車が並んでいるその横をいつもバイクがスイスイと走っていきます。バイクをどかし、警察を待っている間もバイクが何台も走り去っていきました。
思い返してみれば、ものすごい確立ですよね。
何台ものバイクが走っている中、僕だけがぶつかった。
ほんの1秒。
ほんの1秒速く
ほんの1秒遅く
そこを通っていたら事故に遭うことは無かったのかもしれません。
その道路を通る前、僕は目的地に向かう為に2つのルートの内のどちらを通るか一瞬迷いました。何となく選んだ道で事故に遭い、「もしあの道を選んでいたら、事故に遭っていなかったんだろうな。なんでこの道を通ってしまったんだろう・・・」という自分の行動を悔やむ気持ちもありました。
事故は本当に怖いですよね。
ほんの些細な事故であっても、それでその人の人生そのものが大きく変わってしまい歯車が狂い始めてしまうこともあります。
車やバイクに乗っていないから大丈夫!
というわけでもありません。
数年前の出来事です。
前日にハワイで挙式を上げた日本人の新婚カップルが街を歩いていました。
そこに運転を誤った車が道路に乗り上げ、道路側を歩いていた新婦が車とぶつかり亡くなってしまうという悲しい事故がありました。
結婚式を上げ、幸せな気分で歩いていた新婚カップル。
しかし、交通事故により新婦の命は奪われてしまいました。
残された新郎の悲しみはどれほど深いものかわかりません。
歩道を歩いているのに、まさかそこに車が乗り上げてくるとは誰が予想できるのでしょう。
「アンプレディクタブル(Unpredictable)」(意味:予測不可能)なことは確かにあります。
予測不可能や、自分の予想を遙かに超える出来事の時もあれば
時には、自分の不注意により事故に遭うこともあります。
車やバイク、自転車に乗っている皆さん。
運転には気をつけてくださいね。
また、事故だけではなく、いつニュースや新聞にあるような災害や事件に巻き込まれるかもわかりません。
「自分は大丈夫!」
と安心してしまう前に、身の回りの安全確認などをもう1度確かめてみてくださいね。
アンプレディクタブルを避けるためにはどうすればいいのか?
それは次回へとつづく・・・
舞原恵美カウンセラーから伝わってくる深い愛情!!人との繋がりを大切にし、相手の事を心底信頼する姿は魅力的。愛情に満ち溢れた舞原恵美カウンセラーから杉元信代カウンセラーを紹介。
月曜日は人とのつながりがテーマ!!
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自分以外の誰かに影響を受けて変化していくこと、そして人の魅力を見つけるのが得意なJPAのカウンセラーたち。自信をもって皆さんに紹介できるカウンセラーをレター形式で紹介していくコラムが7月からスタート!!本日のレターは、舞原恵美カウンセラーから、杉元信代カウンセラーにあてたものです。
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みなさん、こんにちは。
カウンセラーの舞原惠美です。
月曜日恒例☆つながり★コラム。
今回は、ちゃきちゃきの小またの切れ上がったいい女、『杉元信代カウンセラー』を紹介します。
1 あなたにレターを回したのはどなたですか?
長谷川さとみカウンセラー
2 あなたから見たその人はどんなカウンセラーですか?
真面目で誠実。研究熱心。
人へ向ける温かいまなざしに安らぎを感じます。
驕らず謙虚に物事を受け止める。
その真摯さで、いつも原点に立ち返らせてくれます。
そして、お茶目なところもあって、親しみやすい人です。
繊細さと強さが同居しているカウンセラーです。
3 あなたにとって「カウンセリング」とは?
人との触れ合いを通して「本来の生きる力」を取り戻していくところ。
4 あなたが考えるカウンセリング活用法は?
行き場のない気持ちを抱えきれなくなったとき。
ん?何かおかしいな、なんでこうなるの?と現状に疑問を感じたとき。
自分の力が信じられなくなったとき。
また、何も問題がないように見えても、
水面下で進行しつつある病魔が巣くっていたりしないか、点検できる、
こころの人間ドック。
5 カウンセラーになってよかったと思うことは?
自分の全てを使えること。
人様と、人生の深遠な部分を共有できること。
一瞬一瞬の貴重さを体験できること。
6 カウンセラーとしてのよろこびは?
相談させて頂いた方々が、
気持ちが楽になって、
元気を取り戻し、
自分を好きになり、
気づき、発見を得て、より幸せになる選択をなさること。
行動を通して自分の価値に目覚めていかれること。
それらの役に立てること。
7 次にレターを回すカウンセラーを動物や植物に例えると?
反応の速さ、鋭い直観力、切れ味のよさ、
しなやかで強靭な生き様は「ピューマ」
8 あなたにとってそのカウンセラーはどんな存在?
とにかく、いてくれるだけで楽しく、頼もしい。
酸いも甘いも噛み分けた、現実をしっかりと見つめる目。
と同時に、川底のような静かで深い愛と
細やかな心遣いを教えてくれる存在です。
【来週の予告】
来週の月曜日は杉元信代カウンセラーが登場します。
みなさんはどんな人を想像しますか?
また、どのカウンセラーを紹介してくれるでしょうか?
どうぞお楽しみに☆
2010年08月29日
愛情溢れ、純粋で揺るがない心の持ち主。
「好き」という感情をそのまま大事に育てることを教えてくれる
小幡カウンセラーオススメ映画です。
本日のおススメ映画 (^-^)/

(↑レンタルはこの画像をクリック)
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「理想の彼氏」
──────────────────────────
夫と二人の子どもと幸せに暮らしていた
40歳の主婦サンディ。
ふとしたことから夫の浮気が発覚し離婚。
人生は急展開を迎えます。
シングルマザーとして自立すべく仕事を始め、
アパート1Fのカフェで働く24歳のフリーター
青年にベビーシッターを頼むことに。
彼の名はアラム。
歳の差や立場から、アラムを恋愛対象としては
全く見ていなかったサンディでしたが、
彼の人柄に触れるにつれ、好意を持ち始めている
自分に気づきます。
一緒にいると自然体でいられる相手というのは
とても貴重ですよね。
主人公のサンディも、アラムといるときと
元夫といたときとの大きな違いに驚きます。
何でも言えて、楽しくて、本来自分の持っている
力が引き出される。アラムとはそんな関係。
一緒にいるのが自然なふたり。
見ていてとても幸せな気持ちになります。
心は正直。これが真実。
だのに!価値観が邪魔をし、心を曇らせる。
その場面がとても切ない。
条件で選んだ相手じゃない。
誰でもいい訳じゃない。
その人だから好きなのだ。
そんな人に出会ったならば、手放してはダメ!
でも・・もしも何らかの理由で離れ離れになって
しまったとしても、ずっと変わらぬ愛があり、
見えないところでずっとつながっているのでは
ないだろうか・・
と、ロマンチックな想いも湧くのです。
いくつになっても関係なく、人との出会いに対する
感性を磨いておきたいと思った映画です。
2010年08月27日
30年前、結婚適齢期は24〜26歳と信じ、それまでに結婚しないと恐ろしいことになるに違いないと思って過ごしていたけれど、彼とお付き合いしてわかった事とは・・・
☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆
今までいちばん学びが大きかった恋愛といえば、
社会人になってはじめて結婚を前提としたお付き合いをした人。
20歳にして今でいう「婚活」していたのです。
30年前当時は24〜26歳が女性の結婚適齢期と信じられ、
日本特有の「標準病」にかかっていた私は、
その時期を逃すと結婚できなくなるか、もしくは
どんどん条件の悪い人(!)としか結婚できないと
洗脳されていました。
とびきり美人や才能豊かな人は別格だけど、私のような
平凡な女の子は25歳までに結婚しないと大変な恐ろしいこと
になるに違いない!!と強迫的な気分で、過ごしていました。
結婚相手に理想を求めるべきではない、大恋愛なんて無理。
理想と現実のギャップに目を向けよ。現実を見るのだ!と
自分に言い聞かせて・・・まだ20歳だというのに!
大正生まれの母親は「結婚することが女の幸せ」と呪文の
ように言う人でした。それなのに「結婚は忍耐、我慢、面白い
ことなんてありはしない。でも一人でいるよりはずっとまし。」と
父親の愚痴を言い、精神的自立が弱い依存的な人で、
全く尊敬できず、子供のころから強い反発を感じていました。
それなのに結局、しっかり母親の考えが刷り込まれている現実。
私の30年前の婚活の条件は
?安定した経済力。これは絶対的条件。不安定な経済は夫婦の関係に強く影響することを子供時代から感じていた。子供の教育にも不自由が出る。(と思い込んでいた)
?私を愛してくれる人。大事にしてくれる人。
どんなに心ときめいても両想いになる見込みのない人は×。
愛するよりも愛される妻になりたい。(と思い込んでいた)
これは自分が優位に立ちたいという本音です。そして振られることを極度に怖れていました。
以上??の条件は譲れないもので、そのほかは贅沢言いません、どんな方でもこの2条件を満たす人ならOK。
だって25歳までに結婚するべき、と決めているのだから!!
でもこれって大事なものが欠けているんです。
「この人が好き♪」という身体全体で感じる直感的なものって
本当は一番大事なのに、このときは重要視していなかった。
それでも彼とのお付き合いは恋人気分も味わえたし
楽しいこともたくさんありました。
そんな会話の中で彼が言った言葉が引っかかって私を
フリーズさせたことは忘れられません。
「僕なしでは生きていけないくせに」と冗談っぽく言われた時
私は〈えー!!あなたいなくても生きていけるよ〉と
思ってしまった直後、〈ああ、私はこの人を愛してはいない〉と。
どうしてその言葉に嫌悪感をもってしまったのか
理由は分からなくて説明もできず、ただもうこの人は無理!
と思って彼との別れを切り出しました。数日後、別れ話のとき
別の理由を持ちだして彼に別れたいと伝えたように思います。
本当は、「僕なしでは生きていけないくせに」が嫌だったこと
私は、相手によりかかり依存する関係は嫌だと言うことを話し合うべきだったのかもしれないけれど、20歳そこそこの私には別れるので精いっぱいでした。
そして最後に彼から言われた言葉に、ショックを受けました。
「君と付き合おうと思ったのは、○○会社という大企業に
勤めていることが大きかった。身元が保証されているからね。」
と。
そうか、そうだったのか。と。
結局わたしたちは鏡のような似た者同士。
自分が優位に立てていると思っていたけど、相手も同じだった。
それから年に一度別れた季節に電話をかけてくる彼に、不気味さを
感じていました。別れたのになんで電話かけてくるの?もう
やめなよ、と3年目くらいにやっと伝えられました。
今思うと、随分と幼く未熟な付き合いをしていたなと感じますが
◎パートナーは自分の鏡ということ。自分だけ優位はありえない。
◎あなたなしには生きていけない、ではなく
「あなたといると人生が楽しくなる、元気になる」パートナーを
みつけようと心から思いました。
◎そして、「愛されること」と「愛すること」両方が大事。
愛することは、相手というより自分自身の問題だということ。
知り合って28年の夫との結婚生活は、きれいごとでは片付けられない面倒な問題もあったけれど、人間として尊敬できる人、異性として愛することのできる人、結婚生活の中に恋愛感情はある、と
実感できます。恋愛感情、これは自分の中から湧くもの。
自分の中から湧くものはどんなことも大事にしていきたいのです。
☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆
今までいちばん学びが大きかった恋愛といえば、
社会人になってはじめて結婚を前提としたお付き合いをした人。
20歳にして今でいう「婚活」していたのです。
30年前当時は24〜26歳が女性の結婚適齢期と信じられ、
日本特有の「標準病」にかかっていた私は、
その時期を逃すと結婚できなくなるか、もしくは
どんどん条件の悪い人(!)としか結婚できないと
洗脳されていました。
とびきり美人や才能豊かな人は別格だけど、私のような
平凡な女の子は25歳までに結婚しないと大変な恐ろしいこと
になるに違いない!!と強迫的な気分で、過ごしていました。
結婚相手に理想を求めるべきではない、大恋愛なんて無理。
理想と現実のギャップに目を向けよ。現実を見るのだ!と
自分に言い聞かせて・・・まだ20歳だというのに!
大正生まれの母親は「結婚することが女の幸せ」と呪文の
ように言う人でした。それなのに「結婚は忍耐、我慢、面白い
ことなんてありはしない。でも一人でいるよりはずっとまし。」と
父親の愚痴を言い、精神的自立が弱い依存的な人で、
全く尊敬できず、子供のころから強い反発を感じていました。
それなのに結局、しっかり母親の考えが刷り込まれている現実。
私の30年前の婚活の条件は
?安定した経済力。これは絶対的条件。不安定な経済は夫婦の関係に強く影響することを子供時代から感じていた。子供の教育にも不自由が出る。(と思い込んでいた)
?私を愛してくれる人。大事にしてくれる人。
どんなに心ときめいても両想いになる見込みのない人は×。
愛するよりも愛される妻になりたい。(と思い込んでいた)
これは自分が優位に立ちたいという本音です。そして振られることを極度に怖れていました。
以上??の条件は譲れないもので、そのほかは贅沢言いません、どんな方でもこの2条件を満たす人ならOK。
だって25歳までに結婚するべき、と決めているのだから!!
でもこれって大事なものが欠けているんです。
「この人が好き♪」という身体全体で感じる直感的なものって
本当は一番大事なのに、このときは重要視していなかった。
それでも彼とのお付き合いは恋人気分も味わえたし
楽しいこともたくさんありました。
そんな会話の中で彼が言った言葉が引っかかって私を
フリーズさせたことは忘れられません。
「僕なしでは生きていけないくせに」と冗談っぽく言われた時
私は〈えー!!あなたいなくても生きていけるよ〉と
思ってしまった直後、〈ああ、私はこの人を愛してはいない〉と。
どうしてその言葉に嫌悪感をもってしまったのか
理由は分からなくて説明もできず、ただもうこの人は無理!
と思って彼との別れを切り出しました。数日後、別れ話のとき
別の理由を持ちだして彼に別れたいと伝えたように思います。
本当は、「僕なしでは生きていけないくせに」が嫌だったこと
私は、相手によりかかり依存する関係は嫌だと言うことを話し合うべきだったのかもしれないけれど、20歳そこそこの私には別れるので精いっぱいでした。
そして最後に彼から言われた言葉に、ショックを受けました。
「君と付き合おうと思ったのは、○○会社という大企業に
勤めていることが大きかった。身元が保証されているからね。」
と。
そうか、そうだったのか。と。
結局わたしたちは鏡のような似た者同士。
自分が優位に立てていると思っていたけど、相手も同じだった。
それから年に一度別れた季節に電話をかけてくる彼に、不気味さを
感じていました。別れたのになんで電話かけてくるの?もう
やめなよ、と3年目くらいにやっと伝えられました。
今思うと、随分と幼く未熟な付き合いをしていたなと感じますが
◎パートナーは自分の鏡ということ。自分だけ優位はありえない。
◎あなたなしには生きていけない、ではなく
「あなたといると人生が楽しくなる、元気になる」パートナーを
みつけようと心から思いました。
◎そして、「愛されること」と「愛すること」両方が大事。
愛することは、相手というより自分自身の問題だということ。
知り合って28年の夫との結婚生活は、きれいごとでは片付けられない面倒な問題もあったけれど、人間として尊敬できる人、異性として愛することのできる人、結婚生活の中に恋愛感情はある、と
実感できます。恋愛感情、これは自分の中から湧くもの。
自分の中から湧くものはどんなことも大事にしていきたいのです。
いい女を演じ無意識で愛されているかどうかを確認し、わかったことは、、ありのままの自分で愛されるということ。それに気づけたのは彼の存在があったから。
☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆----------☆
「今まででいちばん学びが大きかった恋愛は?」と聞かれて思い浮かんだのは、間もなく夫となる婚約者との恋愛です。
彼との恋愛は、前回のコラム[思えばあれは失敗だった恋愛〜“いい彼女”ぶっていた恋愛〜]が終わった後に始まりました。
というわけで、今回のコラムは前回の続編です。
彼とお付き合いをする事になった時、私は「前回の失敗を活かし、今度は自分を偽らず、ありのままの自分でいよう。」と心に決めていました。
良いところばかり見せようとする恋愛はもうこりごり、と。
しかし、そう簡単に癖は直らず、隙をついては“いい彼女”ぶりたい私が顔を出します。つい「嫌われたくない」「気に入られたい」という思いが湧いてきて、“いい彼女”を演じてしまいそうになるのです。
そんな自分に気付く度、「嫌われる事を怖れるな。ありのままの私であれ。」と心の中で言い聞かせていました。
そして、嫌なものは嫌。気に入らない事は気に入らないとはっきり意思表示するようになり、彼との交際は順調でした…と言いたいところなのですが、ある時ふと気になりました。
「私って、こんなに性格悪かったっけ?」
彼に対して妙に意地悪な言い方をしたり、冷たい態度をとったり、冷静に考えれば嫌われても当然といえるような事を多々やっている私がいました。
それが素の私だと言ってしまえばそれまでですが、どこか自分の行いに違和感が伴います。
なにより、ありのままでいる事は楽なはずなのに、苦しいし、不安だし、怖いのです。
「何コレ?なんかおかしな状況になってるぞ。」
そう思ってよくよく考えてみると、「嫌われる事を怖れるな」という思いが強すぎて、いつの間にか「嫌われるような事をしなければならない」と自分に強いていたと気付きました。
もちろん嫌われたいわけではないので、そんな事をする度に「彼が離れていくんじゃないか」と内心はビクビク。
それなのにどうしてそんな事をやっていたかというと、実は無意識に試してもいたのです。嫌われそうな事をやって、「こんな私でいいの?こんな私でもあなたは受け入れてくれる?」と、何度も彼の愛情を確認していたんですね。
いいとこばかり見せようとした事に反省したと思ったら、今度は逆に嫌われそうな事ばかりして試すとは…。
一体何をやっていたのだろうと呆れてしまいます。
しかし、両極端な事をやったからこそ、私は「こうしなければならない」「ああしなければならない」と自分にたくさんの注文をつけていた事や、“ありのまま”であろうとしつつも、自分にそれを許していなかったという事をやっと自覚するに至りました。
自分に課していたアレコレを取り払った時に、“ありのまま”の自分に戻ってこられるのですね。
我ながら遠回りしたなと思いますが、とても大きな学びでした。
そんな学びを得られたのも、嫌われそうな事をしたり、試すような事をしても、変わらず傍にいてくれた彼の存在があったから。
そんな彼に改めて感謝したいと思います。
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「今まででいちばん学びが大きかった恋愛は?」と聞かれて思い浮かんだのは、間もなく夫となる婚約者との恋愛です。
彼との恋愛は、前回のコラム[思えばあれは失敗だった恋愛〜“いい彼女”ぶっていた恋愛〜]が終わった後に始まりました。
というわけで、今回のコラムは前回の続編です。
彼とお付き合いをする事になった時、私は「前回の失敗を活かし、今度は自分を偽らず、ありのままの自分でいよう。」と心に決めていました。
良いところばかり見せようとする恋愛はもうこりごり、と。
しかし、そう簡単に癖は直らず、隙をついては“いい彼女”ぶりたい私が顔を出します。つい「嫌われたくない」「気に入られたい」という思いが湧いてきて、“いい彼女”を演じてしまいそうになるのです。
そんな自分に気付く度、「嫌われる事を怖れるな。ありのままの私であれ。」と心の中で言い聞かせていました。
そして、嫌なものは嫌。気に入らない事は気に入らないとはっきり意思表示するようになり、彼との交際は順調でした…と言いたいところなのですが、ある時ふと気になりました。
「私って、こんなに性格悪かったっけ?」
彼に対して妙に意地悪な言い方をしたり、冷たい態度をとったり、冷静に考えれば嫌われても当然といえるような事を多々やっている私がいました。
それが素の私だと言ってしまえばそれまでですが、どこか自分の行いに違和感が伴います。
なにより、ありのままでいる事は楽なはずなのに、苦しいし、不安だし、怖いのです。
「何コレ?なんかおかしな状況になってるぞ。」
そう思ってよくよく考えてみると、「嫌われる事を怖れるな」という思いが強すぎて、いつの間にか「嫌われるような事をしなければならない」と自分に強いていたと気付きました。
もちろん嫌われたいわけではないので、そんな事をする度に「彼が離れていくんじゃないか」と内心はビクビク。
それなのにどうしてそんな事をやっていたかというと、実は無意識に試してもいたのです。嫌われそうな事をやって、「こんな私でいいの?こんな私でもあなたは受け入れてくれる?」と、何度も彼の愛情を確認していたんですね。
いいとこばかり見せようとした事に反省したと思ったら、今度は逆に嫌われそうな事ばかりして試すとは…。
一体何をやっていたのだろうと呆れてしまいます。
しかし、両極端な事をやったからこそ、私は「こうしなければならない」「ああしなければならない」と自分にたくさんの注文をつけていた事や、“ありのまま”であろうとしつつも、自分にそれを許していなかったという事をやっと自覚するに至りました。
自分に課していたアレコレを取り払った時に、“ありのまま”の自分に戻ってこられるのですね。
我ながら遠回りしたなと思いますが、とても大きな学びでした。
そんな学びを得られたのも、嫌われそうな事をしたり、試すような事をしても、変わらず傍にいてくれた彼の存在があったから。
そんな彼に改めて感謝したいと思います。