2010年01月23日
夢分析セラピスト養成講座 Step2−4
【講座名】夢分析セラピスト養成講座 step2
【日時】2010年1月10日(日)
【場所】町田教室
會澤 真理(あいざわまり)です。
今年もよろしくお願いします。
2010年に入りまだまだお正月気分の抜けない3連休の中日、町田教室にて
夢分析セラピスト養成講座Step2の4回目の授業が開講となりました。
いよいよ今日で卒業です。
2ヶ月前に始まった夢分析セラピスト養成講座Step2の授業。
受講生さん同士も大切な夢をお互いにロールプレイをしながら分かち合って
いくことでお互いをより深く理解し合っている様子が伺えます。
そして共に成長していっている様子がアシスタントをしている私にもわかり、
とても頼もしく感じました。
夢分析セラピストが増えるということは、同じ仕事をする仲間が増えるということ。
何とも嬉しい限りです。
この夢分析の講座では受講生さん同士でお互いにロールプレイを行いますので、
自分で見た夢も提供します。
ですから普段は夢を見ないという人も皆に刺激され、夢を見るようになります。
「夢を憶えていると、だんだん自分の夢のパターンが分かるようになりますよ」
と講師の小幡さん。
そこで私が思い出しことは、ここ最近『何かが燃える夢』をよく見ていることに
気がつきました。そしてこのことを自己開示。
すると一人の受講生さんが「そういえば・・・」と何かを思い出した様子。
一人では思い出さなかったことも人との会話やちょっとした刺激で連鎖的に
思い出すことってありますよね。
この連鎖的に思い出す作業のお手伝いとしてセラピストがいるのです。
私も自己開示をしながら実にいろいろなものが夢の中で燃えていたことに
気がつきました。〔神社〕〔お寺〕〔家〕〔人〕〔森〕・・・
そして私が夢の中で気になる物は、炎そのものよりも後に残った“灰”。
この灰は私にとっては再生の象徴。
一見、何もなくなってしまったように思える灰ですが、実はこの灰、
畑の肥料となり、再び作物を生み出す原動力となるのです。
現実の私もきっとこの“死と再生”を繰り返しながら成長していっている
のでしょう。「そうありたいな!」と思う今日この頃です。
さてこの講座のメイン習得科目、
面談式の夢分析をおこなうための練習となるロールプレイです。
最初の頃はロールプレイを行うのも尻込みしていた受講生さんたちですが、
今回は皆さん積極的です。
その意欲を見ているだけでも私の方がパワーをもらった気分です。
今回は一組のセラピスト役&クライアント役のロールプレイを複数の人が
見ていて、他の人は観察しています。
第三者として客観的に観察することで、セラピストとしてブラッシュアップ
していくことが狙いです。
というのも、第三者として客観的に見ているときはクライアントのことを
とてもよく観察できるからです。
観察者のほうがリラックスしていられますからね。
さすがは今日で卒業とだけあって受講生の皆さん最初の頃と比べて
格段に腕を上げていました。
例えるならば、最初の頃は作りたてのカレーでしたが、
今は一晩寝かせたカレーのように、
それぞれの素材がまろやかに混ざり合い調和して、
美味しいカレーへと変化したような感じです。
なんだかセラピストにふんわり包み込まれ、ふわふわ心地いいです。
安心して心を預けることができます。
あとは数をこなすだけ。経験の数だけ成長があるのですもの。

さて、今回の授業でもサイコドラマをやりました。
サイコドラマはやっぱり面白いですね。
何より体を動かす分、大きく感情も動きます。
サイコドラマでは夢の提供者ははじめ夢を客観的に見るため、監督、脚本、
演技指導を行ったあとは夢を第三者として観ます。
映画でいえば観客になる感じです。
客観的に俯瞰してみることで新たな気づきや盲点が発見できたりします。
ただ、夢に対する本人の思い入れが強かったりすると心の中で抵抗が起き、
なかなかリアルな感情を感じるに至らない場合があります。
その時こそ役者となった人たちの演技力と率直な感想の出番です。
夢は夢を見る人が作り出すイメージ画像。現実というフィルターがかかると
なかなか本来のイメージ画像を見ることができません。
その点、役者となった人たちはその夢に対する現実フィルターがないぶん、
率直な感情を感じ表現することができるのです。
そして受け取りがたいと思っていた感情も自分以外の人から言われると、
素直に受け取ることができたりします。
ポジティブな内容のものもネガティブな内容のものもね。
夢の提供者も皆の率直な感想を聴いているうちに、心の柔軟性を取り戻して
いきました。じんわり心の柔軟性を取り戻している夢の提供者をみて、
私も思わずもらい泣き。
大のおとなが堂々と泣けるほどその空間は安全な場所なのです。
“夢を見る”というのはいわば自分の中のイメージをアウトプット
しているようなもの。
そして“夢分析をする”ということはそのアウトプットしたイメージを
自分の中に再取り込みするようなもの。
私は“夢を見る”と“夢分析をする”をこんな風に捉えています。
そして夢分析をしたとき、“頭でわかる”と“体でわかる”はやっぱり
違うんですよね。大人になるとついつい頭で理解したくなるのですが、
知的理解は全体のホンの一部。体感に勝るものはありません。
例えばね、旅行に行くときに「このお菓子は美味しいらしい」と予備知識を
入れて、そのお菓子を現地でお土産として買うとします。
その時「このお菓子、美味しいよ」とお店のおばちゃんに言われて食べも
しないで買う場合と、「これ美味しかったからお土産に買って帰ろう!」と
お菓子を味わってから買う場合とではお土産に対する思い入れが違いますよね。
前者が“頭でわかる”で後者が“体でわかる”。
大人になるとついつい頭で理解することに頼ってしまいますが
(そのほうが明確だからね)体で体感することのほうが実は記憶に
残るんですよね。
夢分析の面白さを言葉で説明するのは難しいです。
でも大丈夫!
新しく夢分析セラピストが誕生したので、体験できる場所が増えます!
興味がある方、是非体験してくださいね。
受講生の皆さん、お疲れ様でした。
カウンセラー 會澤 真理